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名古屋高等裁判所 平成2年(行コ)25号 判決 1992年1月30日

控訴人(原告) 渡辺良子 外一名

被控訴人(被告) 名古屋西税務署長

訴訟代理人 大圖玲子 名倉長晴 ほか三名

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一当事者が求めた裁判

(控訴人ら)

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が、控訴人渡辺良子に対し、同控訴人の昭和五五年分の所得税について、同五八年六月三〇日付でした更正のうち総所得金額四八七万一三三五円、分離課税の長期譲渡所得の金額四九〇八万七七四九円、税額一一二一万四〇〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

3  被控訴人が、控訴人渡辺康廣に対し、同控訴人の昭和五五年分の所得税について、同五八年六月三〇日付でした更正のうち総所得金額二〇六万六四〇八円、分離課税の長期譲渡所得の金額一〇八万一三〇二円、税額二五万一三〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取消す。

4  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(被控訴人)

主文同旨

第二当事者の主張

当事者間に争いのない事実と争点は、争点に関する当事者双方の主張として左に付加するほかは、原判決事実及び理由の第二事案の概要(原判決二丁表八行目から七丁裏六行目まで)に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用する。

(控訴人らの争点に関する主張)

1  租税特別措置法三七条の五の立法経過及び趣旨からすれば、本件建物及び隣接建物が、法の予定する三大都市圏の既成市街地内の土地の有効利用と住宅の供給増加という要請を充たしているかどうかの観点から、これを解釈適用すべきものであるから、本件建物と隣接建物とが「一棟の中高層建物」であり、かつその建物内に複数以上の相当数の共同住宅が存在しさえすれば、買換え資産の対象になるというべきであり、これに加えて両建物が「一つの共同住宅」といえるか否かとの観点を更に付加することは、法の予定した趣旨にもとり、かつ実際的でない。

2  仮に、一つの共同住宅として、両建物の各居住者が相互に自由に往来可能で、かつ共通に利用できる共用部分の存在が必要であるとしても、両建物の各居住者のための水道、ガス、下水管、電話、テレビアンテナ、動力幹線等は共通であり、避難階段、駐車場は両建物に共用されているから、一つの共同住宅としての要件を具備している。

(被控訴人の主張)

1  法三七条の五の適用を受けるためには、二階建の本件建物と六階建の隣接建物とが、一体として一棟であることを前提として、一つの共同住宅であることが要件である。

建物と認定されるためには、屋根、周壁による外気分断性と、目的とする用途に相応する一定の生活空間が形成されている用途性が最低要件であり、これに取引上の実態、構造上、利用上、外観上の諸観点を加え、総合的に一棟性を判断すべきであるところ、本件建物は、屋根及び周壁が隣接建物と別個独立であり、外観上も別棟の観を呈しており、また用途性からみても、建物の安全性や日照の確保のためではなく、専ら控訴人らが専用住宅として居住することのみを目的として、隣接建物の四倍の建築単価で建築したものであるから、両建物が一棟であることは、これらの点のみを以ってしても認め難いところである。

2  なお、原判決は、一棟性の判断に両建物の基礎の同一性、一方の建物を取り壊した場合における他の建物への安全性という二つの基準を導入しているが、右は一棟性の判断には直接関係のない事項である。

第三証拠<省略>

第四争点に対する判断

一  法三七条の五の立法趣旨と適用要件

1  同条の立法趣旨に関する当裁判所の判断は、原判決七丁裏九行目から九丁裏三行目までの説示と同一であるから、ここにこれを引用する。但し、八丁裏九行目に「乙一〇」とあるを「成立に争いのない乙第一〇号証」と訂正する。

即ち、新規の住宅地の供給が困難となった三大都市圏の中心地である既成市街地内において、土地所有者らが自ら行う立体化、高度化による土地の有効利用を住宅政策上の見地から推進する目的で、昭和五五年度の改正以前には認められていなかった事業用資産に該当しない土地の所有者が、土地を譲渡して、その土地の上に建築される四階建以上の中高層の耐火共同住宅を取得する場合には、買換えの特例を認めるものである(成立に争いのない甲第三一号証の一)。

2  そして、中高層の耐火共同住宅とは、法施行令第二五条の四第四項に規定する要件を満たす建築物をいうので、必ずしも構造上区分所有が可能な部分が複数なければならないものではないが、本件における適用については、本件建物と隣接建物とが全体として一棟であり、一体性を有することを前提として、それらが区分所有を目的とした建物と主張されていることから、法三七条の五の立法趣旨、区分所有法の規定、不動産登記法上の建物の定義等を総合勘案して、両建物が、建築構造上一棟であるか、外観上一棟であるか、建物機能の共通性、一体性があるか、用途乃至利用上の一体性があるかの四つの観点から考察したうえ、両建物の一棟性、一体性が、取得期限日における現況で認められれば、本件建物及びこれに対応する土地の持分に買換えの特例を適用することができると解するのが相当である。

二  本件建物及び隣接建物の一棟性、一体性

1  右一棟性、一体性の判断は、法三七条の五第一項により、中高層の耐火共同住宅の取得の日から一年以内に買換資産を控訴人らの事業用、居住用に供するという一定の期限が定められていることから、本件においては、取得期限の昭和五六年六月三〇日における現況によって判断すべきものである(成立に争いのない乙第二四号証の二)。

2  建築構造上の一棟性

(一) 本件建物と隣接建物は、それぞれ各別の柱、壁及び屋根を有し、両建物は地上において約五センチメートル(但し施工上は約二・五センチメートル)肌離れをしている。両建物の間隙には耐震性を保持するため木毛セメント板を入れ、その表面をアルミニウム製のエキスパンション金具でジョイントされている。

(二) 両建物の構造計算は各別になされている。

(三) 隣接建物は、昭和五六年六月二四日、区分建物を有する一棟の建物の表示の登記がなされ、本件建物は、控訴人らの同年七月一〇日付の建物表示登記申請により、同日、別棟の建物として表示登記がなされ、同月一五日受付をもって所有権保存登記がされている。

(以上原審検証の結果、成立に争いのない甲第六号証の一、二、第七号証、本件建物を撮影した写真であることに争いのない第一〇号証の一乃至六、乙第一号証、成立に争いのない乙第二号証の一乃至八、第五号証及至第七号証、第八号証の一乃至一一、第一六号証の一、原審証人伊藤一人、同田川範夫の各証言)

以上によれば、両建物は、それぞれ独立した屋根及び周壁によって外気が分断されていることが認められる、なお、エキスパンションジョイント方式で接している建築物の構造計算については、それぞれ別の建築物として取扱われる旨規定されている(建築基準法施行令八一条二項)。

3  外観上の一棟性

本件建物は、鉄筋コンクリート造銅板葺高床式二階建の控訴人康廣の個人住宅で外壁は茶色のタイル貼りで、建築単価は隣接建物の約四倍であって一見して高級邸宅と見受けられる。

隣接建物は、鉄筋コンクリート造陸屋根六階建で、日商岩井第一城北ハイツという名称のマンションであって、外壁は白塗りである。

(以上原審検証の結果、前顕各甲号証及び乙号証、各証言)

以上によれば、外観上両建物は、別箇、独立した外観を呈していることが認められる。

4  建物機能の共通性、一体性

(一) 本件建物及び隣接建物は、各別の出入口を有し、本件建物の北側階段は控訴人らの専用出入口になっている。

(二) 両建物を直接接続する廊下、通路、連絡口はないから、隣接建物から本件建物へ行くには東側の出入口から一旦公道に出て、本件建物の北側に設置された階段付出入口へ入る方法が主たるものである。

(三) 右(二)以外に、隣接建物の西側に設置されている屋外非常階段から本件建物の高床式床下部分を通り抜ける方法もあるが、右床下部分は駐車場、自転車置場であるから、右目的以外に本件建物へ行くためには右床下部分を通り抜けて東側公道へ出て、更に北側の出入口を利用することとなる。

(四) 本件建物の高床式床下部分は、東側においてシャッター及び高さ約一メートルの腰高の壁、北側は東半分が同様の腰高の壁、南側は全面壁面、西側のみ開放状態となっているにすぎず、隣接建物からの通路として利用することは困難である。

(以上前顕各証拠の他、原本の存在及び成立に争いのない乙第一三、第二六号証乃至二八号証、成立に争いのない第三一号証、原審証人安部博之、同福井勉の各証言)

以上によれば、両建物をその居住者らが自由に行き来することは事実上困難な状況にあり、両建物の機能に一体性、共通性があるとはいいがたく、従って共通の生活空間が形成されているとも認められない。

5  用途乃至利用上の一体性

(一) 本件建物は、控訴人康廣が隣接建物内のマンションに住みたくないとの強い要望で、当初の設計を何度も変更し、マンション居住者の入口とは別の玄関を作り、かつ鉄筋コンクリート造でも純和風にするという控訴人らの意見どおり、隣接建物との行き来をなくした独立性の強い専用住宅として設計施工された。

(二) 本件建物内には一階東側の駐車場部分のほか共用部分といえるようなものはなく、逆に隣接建物内に控訴人らが共通して利用することのできる共用部分もない。

(以上前顕各証拠)

右によれば、両建物が用途乃至利用上の一体性を有するものとは認め難く、両建物が共通の一体化された生活空間を形成しているとはいえない。

6  控訴人ら主張の一体性、一棟性

(一) 水道、ガス、下水配管等の共通性

書き込み部分を除きその余の成立に争いがない甲第一七乃至第二一号証、原審証人伊藤一人の証言によれば、隣接建物一階部分の六店舗の水道、非常警報設備の配線を除く、その余の右配管、電話、動力、電気等の配線が両建物共通であることが認められる。しかし原審証人原敏郎の証言によれば、右は建築費の増大を防ぐため、右設備の一体的な配管及び配線がなされたにすぎないことが認められ、両建物の構造の一体性からこれがなされたものではないから、これを一棟性の根拠とすることは困難である。

(二) 両建物の隣接部分の基礎の共通性

本件建物及び隣接建物との境の部分では、各建物の地中コンクリートパイルの上部底板を共通にし、この共通底板に各建物の柱脚部と基礎梁が接続して設置されているから、両建物の隣接部分では建物の基礎を共通にしているということができる(以上成立に争いのない甲第七号証、書き込み部分を除きその余の成立に争いのない甲第二五、第二六号証、原審証人伊藤一人の証言)。

両建物の基礎を共通にする理由について、原審証人原敏郎の証言によれば、基礎を共通にするか、別々にするかは、主として建築基準法上の建築工法に関する問題であり、共通基礎にするのは、経済性、安全性、耐震性においてメリットがあることによるものであることが認められ、建物の構造上、基礎を共通にしていることのみをもって、直ちに両建物の一棟性を判定する根拠とはなし難いものである。

前記認定2のとおり、両建物の柱、壁、屋根はそれぞれ分かれており、別個のものであるから、建物の判定の要素の一つである外気分断性は、両建物がそれぞれ帯有していると認められ、かつ生活空間を両建物がそれぞれの用途に応じて保持していることは4、5で認定したとおりである。従って、右の土中の基礎の共通性の一事を以って、別棟の認定を左右し得るものではない。

(三) 増築による変更登記と一棟性

成立に争いのない甲第二号証の三、乙第五乃至第七号証、第一六号証の一、第三三号証、原本の存在及び成立に争いのない第三二号証によれば、両建物は昭和五六年五月三〇日新築を原因とし、別棟として同年七月一五日付で保存登記がなされていた(但し隣接建物一階店舗部分一八四・六三平方メートル、同一八三・五九平方メートルのみは別家屋番号が付されている)ところ、隣接建物につき昭和五八年一〇月三〇日増築を原因とする建物表示変更登記申請がなされ、実地調査を経て昭和五九年六月二九日、本件建物を一棟に属する他の区分建物として、両建物を一棟とする表示変更登記がなされ、本件建物の登記は、不動産登記法九九条ノ三第一項前段の規定により移記されたうえ、同日閉鎖されたことが認められる。

控訴人らは、右建物表示変更登記が受理完了したことについて、当初の昭和五六年七月一〇日付表示登記が錯誤によるものであり、増築部分一階東側にシャッターを取り付けただけで構造上の変更はないから、両建物は当初から一棟として登記されるべきものであったので、変更登記により事実上更正した旨主張する。しかし、全証拠によっても、当初の別棟表示、保存登記の申請について、控訴人らに錯誤があり、これが更正すべき場合には当らない。のみならず、控訴人らは、法第三七条の五の買換えの特例の適用を受けるため両建物を別棟と表示する登記簿謄本(前掲乙第五ないし第七号証)を資料として被控訴人に提出し、これをもって、昭和五六年六月三〇日現在における両建物の現況であると申告していたことが明らかであるから、その後昭和五九年一〇月になって前記変更登記がなされたからといって、別棟性の判断を覆えすに足る事実とは認め得ない。

右のとおり右(一)乃至(三)の控訴人らの一棟性に関する主張は、いずれも前記2乃至5の別棟性の認定判断を左右するに足るものとは認められない。

7  結論

以上のとおり、隣接建物及び本件建物を一体として法三七条の五に定める「地上階数四以上の中高層の耐火共同住宅」とみることはできない。

第五まとめ

よって、被控訴人が、法三七条の五の買換資産に該当するのは被控訴人主張の買換資産のみであり、本件建物及びこれに対応する原判決別紙物件目録(一)の土地の持分はこれに該当しないとして更正決定をなしたことは適法というべきであるから、控訴人らの各本訴請求は理由がなく、これと結論において同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。

よって、本件各控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、九三条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 土田勇 水野祐一 喜多村治雄)

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